平和都市モンゴリアンダイナマイト

映画の感想を1割と自分語り9割なので評価の参考にはなりませんが、読んで欲しい。 致命的ネタバレはしないように気をつけてます

十二人の怒れる男(1954)

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有罪11人、無罪1人。父親殺害容疑をかけられた少年は有罪か否か。それを決める無作為に社会の中から選ばれた12人の陪審員達。内11人は有罪判定を即決し帰ろうとしていた。ただ1人無罪に手を上げた陪審員8番は、"話し合い"を皆に持ちかける。

密室劇の金字塔。変わらない絵面でありながら展開は激流のように目まぐるしく変化し、登場人物達の感情の波や明かさせる過去、思想を見ていたら知らない間に1時間半経ってしまうような映画。何度見ても飽きないし、面白いです。高校生の子に見せたら大絶賛してめっちゃ感想聞かせてくれた。

 

 

今は平日ど真ん中の深夜26時。明日ももちろん仕事だけど、あたまがいたくてねむれないのでブログを更新します。頭が痛いのがコロナウイルスの感染によるものかどうかは大分怪しいですね。何せ毎日2時間以上かけて神奈川と東京往復して出社帰宅してるので…(「仕事のやる気があればコロナにかからないだろ」「はは…」)

内容は死についてです。みんな、死って知ってるかな?じゃあ、死を見たことある人ー!自分はまだ人の死を見たことないんですけど。

や、ネットの動画で人が死ぬところを見たりしたことはありますよ。会社の顔も知らない上司が死んだから葬式に行ったり、親父の兄が死んだけどどうしても身動きが取れない状態にあった親父のかわりに葬式に出て、遺体に触れたきたこともあります。でも、死ぬっていうことの本質みたいなものはそういう経験からは受け取れないものですよね。

自分は学校の卒業式やもう離れ離れになる友達との別れに泣いたりしたことは無いんですよ。周りが泣いてる中で平然としてる自分を薄情だなとか流石に泣くべきだろうから泣きたいなと思ったことは何度もあるんですけどね。会えなくなるって言っても、本当に会えなくなるとは思ってないからだと思うんですけど本当に泣く気が起こらない学生生活16年間でした。だから就職も地元北海道を離れたく無いと思ってる同級生だらけの中、どこでもいいでーすって言って雑に上京したところはあります。そうそう、五年勤めたバイトも辞める時なんかみんな感動的な雰囲気になってたんですよ。ケンタッキーのフライドのチキンなんですけど。人数はその時確か25人くらいいて、就職で自分含む10人くらいが同タイミングでいなくなるみたいな。で、みんな就職してもまた遊びに来るよーとか言ってて。俺はバイト大嫌いだったし飲み会のたびに悪口合戦する人たちも大大大嫌いだったんで全然辛くないしその時もらった寄せ書きも1ヶ月後にサッと燃えるゴミに出しましたけどね。あの時、「あんたも北海道きたらまた顔出しなさいよね」って女上司さんに言われて「いやー、多分こないっすね俺はー」って言ってその場の雰囲気ピリ辛チキンにしちゃったのは今考えても我ながら屑指数高かった。

感動系映画見ても泣いたことないし、なんか自分はそういう「情」が普通の人より劣化してんのかななんて思ってて家族が死んでも泣かないのかなってずっと感じてました。ペットも禁止のところで過ごしてきたし祖父祖母は両親共に俺が生まれる前に全員他界済み、物心ついた時からよくしてくれた親戚の叔母さんは町内会の金着服他数件の金がらみの犯罪を起こしてるうちにうちの家族との関係が消滅。「死」が本当に遠い。

しかし先々月、親父が末期の大腸癌にかかってその連絡を受けた3日後になんと自分は職場で泣いてしまいました。上司達にバレないように別室で作業する必要のある書類持ってってこっそり泣いたんですけどやっぱりバレて、多分仕事が辛くて泣いてると思われたのか少し優しく対応されましたね。まさか自分がそこまでショック受けてると思ってなかったんでちょっと驚いたんですけど、これが皆が別れの時に感じていた「会えなくなる」という悲しみの感情なんだなあとついぞ少しか分かったような気になりました。やー、自分への劣等感とか単純な精神的辛さで泣いたことは何度もあるのにこのような理由で泣いたのは初めても初めて。そういえば大学から今にかけての俺の大親友とも言える"五飛"という男こいつが絵に書いたようなクールガイで恐怖や悲しみといった弱さに関しては全く表に出さない人間です。ぶっきらぼうというのか、知り合って初めの頃は喜びや照れなども全然見せないし謝罪や感謝の言葉も濁すようなやつだったんですが2年中盤あたりからすごく感情豊かになって最近はもう会うと笑顔が絶えない楽しい男です。それでも最初に言った弱さみたいな感情は未だ全然見せないんですけど。(辛いとかヤバいとか面倒くさいとか助けてくれみたいなことはよく言うけど、どこかまだ余裕があって何とかなりそうな強キャラオーラを常に纏ってる)でもそんな彼も一度悲しみみたいなものを見せたことがあって。

大学一年の終わりに友達4人で東京旅行に行くぞと計画して、出発二日前に五飛が行けなくなって3人旅になったことがあったんですけど、理由が五飛の友達が交通事故で亡くなったと言うものでした。その彼と五飛の繋がりがどこまで深いかは全く分からないし五飛も語らないんですけど、五飛の態度からある程度ですけど、強い信頼関係のある関係であることが感じ取れました。しかしその頃の俺は死に対して疎いもんで、かわいそうだなと思ってそれで終わってました。今になってその時を思い出すとめちゃくちゃ辛かったろうになと。

これ前にも話した気がするんですけど、自分の死のタイミングを何となく設定して予定表アプリに入れておくと、全体的にストレスが減ると言うライフハックをしてるんですよ。f:id:abaransyu:20200514024143p:image

本当にこの予定日に死ぬ気は毛頭無いんですけどね、あと2年ちょっとで終わるんだから仕事辞めることもないとか、この人に嫌われても別にどうでもいいやとか、手に入らなかったけど手に入ってもどうせあと2年とか、なんか自分に発達障害あるんじゃねえかとか、そういう嫌な感情が、死を意識するだけで。いろいろな嫌な感情が死を意識するだけでかなり薄まるんです。やりだしてから一年くらい経ちますけど明らかに生きやすくなってます。

生きやすくなってるんですけど、最近死が少し身近に来たことで「これ死なない方がいいんじゃないかな」と思ってきてしまって効果が薄くなってきてる気がしますね…。困った。本当に死ぬ気は無いけど設定として死の日を決めてるだけだから問題ないかと思ったらダメでした。

話変わるんですけど、おととい会社の社内回覧で亡くなった役員の名前が回ってきたんですよ。役員の身内とかも表示されるんで毎週のように訃報はガンガン回ってくるんでその日も気にしなかったんですけど、自分の三コ上、27歳の先輩が「えっ山下さん亡くなったんですか、この人関東で事務してましたよね」ってびっくりした様子で上司に言ってて、年齢とかよく見ると29なんですよね。前だったら何も感じなかった俺もこれ見てまた死というものを身近に感じてしまいました。先輩もめっちゃうろたえてたし。恐ろ死いねえ…。でも先輩に話しかけられた52の上司が「あれじゃねえの?最近流行のコロナでやられちゃったんじゃねえの?(笑)」みたいな感じの返事してたんで心からドン引きしましたね。前までの俺だったら同じこと思ってたんだろうなあ。52にもなると死が身近になりすぎて犬の糞くらいの存在になるんでしょうかね。

というわけで、頭がすごく痛いんですけど寝ます。感染してたらどうなるんだろう。